110円の知性

110円(税込)の古本を読んで得た知性とはこんなもの(消費税変更に合わせて改題)。

“絆”に頼るのは貧困を加速する途上国モデル 政府はもっと未来に投資を

日本の現状を良く分析しろということになるのだろう、面白い記事、備忘録。

私は、未来を見つめてはいないので、少し悲観的な立場だが・・・

“絆”に頼るのは貧困を加速する途上国モデル 政府はもっと未来に投資を 作家・谷崎光さん
12/13(日) 13:00配信 毎日新聞
 「自助、共助、公助」を繰り返す菅義偉首相。しかし、自助や共助が困難で、公助へのアクセスも難しいギリギリの状況で暮らす人は少なくない。北京在住の作家・谷崎光さんは、中国の現状とも比較しながら、「絆」に頼れば日本は途上国に逆行しかねないと警告する。

 ◇中国は今も“絆”に頼る途上国モデル
 中国で農民が病院に行ったら、がんだと診断された。農民はすぐ帰ろうとした。
 「おい、薬も治療もいらないのか?」と医者。
 「いらねえよ。治療を受けてオレが生きたら家庭が崩壊する。オレが死んだら家庭が残る」
 中国の最近の、無数の同じような実話を基にしたブラックジョークである。
 経済発展した現在でも、中国では老後を楽に暮らせる年金と、風邪ぐらいで心置きなく病院に行ける健康保険を持っている人はほとんどいない。
 特に医療問題は深刻で、年収200万円以下の家庭で、数百万円、1000万円以上必要になることは本当に頻繁にある。子供を含む家族が、特に老人は十分治療されず亡くなることも多い。
 統計はないし、あっても中国全土では実態とあまりにも懸け離れているが、十分な医療サービスを安価で受けられるのは専用の病院のある軍の幹部や政府系の公務員の一部ぐらいである(もちろん彼らは別の蓄財もしている)。
 中国は、歴史的には自分の国や政府がなくなるのも普通で、ずっと公助などなかった。「衣食住教育医療土地食料、全部政府が管理して分配します」だった毛沢東時代が例外だが、より貧しくなっただけで、うまくはいかなかった。
 場(国)が安定していなかったから、彼らは自分たちのネットワークをつくってその中で生きてきた。最小単位は家族である。そこで助け合い、さらには圏子(知人グループ)で情報を交換し、金もうけに熱心である。
 人への投資も盛んである。中国大手ECサイト京東商城を運営する京東集団の劉強東・最高経営責任者(CEO)は、1974年に貧しい農村に生まれた留守児童(親が出稼ぎに出て後に残された子供)だった。92年に人民大学に合格した時は、村の親戚、友達が10円や20円のお金を出し合い集めた500元(約8000円)と卵76個だけを持って北京に来た。
 その後、劉氏は起業し会社はナスダックに上場、中国でも有数の大富豪になった。彼は今も故郷に莫大(ばくだい)な投資や寄付をし、老人たちにお金を配り、故郷の子供500人に就学援助をしている。
 私は中国と関わって30年、北京に住んで20年になる。その間に見てきたのは、主に政府系の富豪たち、不動産でもうけた富裕層、奮闘する庶民とこの20年増えてきた中間層、出稼ぎの人々の無数の悲惨な話といくつかの成功譚(たん)である。
 中国政府がさまざまな制度で優遇しているのは国営企業勤務を含めた公務員、都市住民、突出して優秀な人。冷遇しているのは農民、老人、弱者である。まだ途上国モデルといえる。
 国の発達の各段階と社会保障と収入はリンクしている。要は国民全員金持ちであれば社会保障はいらないし、逆に社会保障がしっかりしていれば個人はそう金持ちでなくてもいいわけである。
 表をぜひじっくり見ていただきたい。

 ◇日本を途上国に戻そうとする菅首相
 菅義偉首相は、所信表明演説で、「私が目指す社会像は、『自助・共助・公助』そして『絆』です。自分でできることは、まず、自分でやってみる。そして、家族、地域で互いに助け合う。その上で、政府がセーフティーネットでお守りする。そうした国民から信頼される政府を目指します」と述べた。
 これは日本を、上記の表の親族、地域で助け合う発展途上国モデルに戻そうとする試みで、私は間違いだと思う。今の日本がそれをやると国がより貧しくなるからである。
 日本の多くの家庭は、一般に父親しかまともな給料を取れずもともと経済基盤が弱い。その父親の給料もここ10年、業種や雇用形態によってはダダ下がりである。先進国で給料が下がっているのはただ一国である。結果、大学生のうち、約半数が返済の必要な奨学金を利用している。望んで子供に借金を背負わせる親はいないから、すでに余力がないのである。
 日本政府が過去優遇してきたのは、企業数のうち0・3%の大企業の社員や公務員、選挙に行く老人である。冷遇してきたのは女性と、近年は若者である。学費もこの40年で特に国公立は何倍にも値上がりし、奨学金という名の学資ローンの割合も、日本は一般他国に比べ非常に多い。
 過去の中国で身内の共助が成り立ったのは、途上国で1人の生活コストが安かったのと、優秀な1人が将来得る収入が、他の人の何十倍、何百倍もあったからである。
 今も中国は突出した人には若くても惜しみなく給料を払う。年収2000万~3000万円の新入社員もいる。学生もずば抜けて優秀なら大学受験なしで名門校に送り込む。それは投資者たちに還元され、豊かさを再生産した。
 さらに以前は企業の福祉負担も低く、この20年は経済発展で収入も時給も不動産の価値も上がり続けた。進学ローンを借りた若者もいたが、その後の経済発展により短期で楽に返せる額に変わったのである。
 しかしすでに衰退型先進国になってしまった日本が共助をまたやると、共倒れになるだけである。
 兄弟の誰かを大学に行かせるために、他の子供は進学しないとする。大卒の子供も低賃金。進学しなかった子供はさらに低賃金で不安定な職に就く場合が多い。
 さらに悲惨なのは父親が倒れた場合である。母親が働いても一般には低賃金。子供が優れていても会社員で若ければ低賃金。父親1人の収入で子供2人を望み通りに進学させられる家庭が減った。その他、介護が必要な家庭やシングルマザーなども同じである。
 今話題の、小室圭さんはまさに“絆”に頼れなかった例ともいえる。父親が亡くなった。母親は働いてもパート収入しかない。かばうわけではないが、母親はもしかしたら世間へのリベンジも考え、子供にいい教育を受けさせようと、さまざまな手段を講じたのではないか。
 労働人口もすでに少ないのに、絆で問題解決を図ろうとしても、国民のパフォーマンスと総収入が落ちて余計貧しくなるだけ。絆での解決はもう誰も望まない。
 それにお金がないと助けたくても助けられない。この10年、日本で上がったのは、上場企業の株価(給与ではない)と大企業の余剰金だけである。
 さらに共助は実は日本人のメンタリティーに、もう合わない。
 今の日本人が近所の東大進学が決まった子供に、見返りの不確定な援助をするだろうか?
 まずそんな情報もない。生活に困った知人が2年、家族の狭いマンションに突然同居するのを許すだろうか? 親戚の起業に皆で虎の子を投資するか?(戦前までは日本にもそういう人々がたくさんいた)
 日本では実の親ですら自分の生活を大事にしたいと、孫の面倒を長時間は見なくなりつつある。そんな日本人を見て、中国人は驚愕(きょうがく)している。

 ◇政府は未来への投資を
 日本政府が今、一番やらなくてはいけないのは、一番怠ってきた未来への投資である。
 ①具体的には子供、若者の大学までの学費の免除(少なくとも国公立と親の収入が低い場合は早急に)、医療費の免除である。すでに背負った奨学金ローンの免除も必要。
 大卒者の半分が、適齢期に借金を背負った状態で、誰がせっせと恋愛し結婚し子供を産むだろうか。学費ローン500万円持ちの2人が結婚すれば、新婚で借金1000万円である。あらゆる選択は保守的になり、かつ会社では残業とパワハラで痛めつけられるが、ローンがあっては辞められない。日本の若者の自殺率は高い。
 中国ですら、年金も医療も後回しにして、最初に手をつけた社会保障は教育である。
 ②最低賃金の大幅な引き上げ。企業への正社員雇用促進もありだろう。
 五輪開催ばかりを見据えた新型コロナウイルス対策を含め、現在の日本政府のすべての判断は、まず利権ありきで論理性に著しく欠ける。
 中国から見た日本はこの20年貧しくなってきた。今までと同じことをしてもさらに貧しくなるだけである。
 一方、私が日本の社会保障でオーバースペックだと思うのは医療である。若手の医師という優秀な人材が犠牲になっている。日本のすばらしい皆保険はなくすべきではないが、風邪ぐらいなら電話スクリーニングで市販薬の投薬でいける。老人医療も老人福祉の貧困のしわ寄せが高コストの医療に来ており、見直すべきだろう。
 日本の向かう方向は、基本的な社会福祉は国が負うが、皆が少しずつ我慢をして貴重なリソースを大切にする、ではないだろうか。
 ある属性の誰かを著しく犠牲にするのは、先進国では衰退を招く。「絆で解決しろ」では、さらに出生率を落とし、女性をさらに貧困においやるだろう。
 性別や属性に関係なくそれぞれが高いパフォーマンスを発揮する支援をするのが、先進国の政府の仕事である。
 よく言われる「北欧福祉スゲー」が幻想であることは承知しているが、それでも政府の汚職率の低さが高福祉を生み出していると言う。日本政府がまずやるべきことは、絆に社会保障を押し付けるのではなく、天下りや利権、汚職の絆を断ち切ることである。
 政治とは結局、金をどこにどの優先順位で使うか、の相談とも言える。
 これからの日本社会をどうするかは、首相の所信表明で賜り、それを非難したり賛成したりするものではない。
 一番大事なのは、各国の実情を集め比較し、自分たちで自分たちに合うものを議論して決めることではないだろうか。それが民主主義である。
 日本にできて、中国にできないことは、それである。

 ◇たにざき・ひかり
 作家。京都府生まれ、大阪府育ち。1987年、ダイエーと中国の合弁商社に入社。国際貿易営業職として活躍。ダイエー中内功氏から社長賞も受賞。退職後、96年に発表した「中国てなもんや商社」(文芸春秋)はベストセラーになり松竹で映画化もされた。2001年、中国に渡り北京大学留学を経て現在まで執筆を続けながら北京在住20年目、中国を見続け33年になる。中国物記事のページビュー(PV)ではトップクラスの書き手でもある。
 著書に「本当は中国で勝っている日本企業」(集英社)、「男脳中国 女脳日本」(集英社インターナショナル)、「日本人の値段 中国に買われたエリート技術者たち」(小学館)、「国が崩壊しても平気な中国人 会社がヤバいだけで真っ青な日本人」(PHP研究所)、「中国人の裏ルール」(中経の文庫)、その他多数。
 noteで「谷崎光のインサイド・アジア」(https://note.com/tanizakihikari)連載中。ツイッターは@tanizakihikari