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偽情報や陰謀論…「日本好き」欧州の若き研究者が「日本社会も劣化している」と語る理由

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偽情報や陰謀論…「日本好き」欧州の若き研究者が「日本社会も劣化している」と語る理由
10/28(土) 18:03配信 現代ビジネス
 「日本のアニメから日本が好きになった」
「旅をして清潔さや電車の時間が正確なことに驚いた」
これはSNSにも集まる「日本が好き」という海外の方の声の一部だ。
しかし日本が好きで研究を始めたら、また別の面が見えてくることもある。

 ジャーナリストの栗田路子さんはベルギー在住。先日『ヨーロッパ日本研究協会(EAJS)』が開催するカンファレンスに参加すると、驚くような研究発表がなされたという。
 「何度も何度も日本に足を運び、合計すると何年も日本に住み、平均的日本人以上かと思うほど日本の新聞や雑誌に毎日のように触れて、”日本の家族”と呼ぶほどの近しい人々や友人のネットワークをしっかり培う」ような研究者たちが「日本ヤバイ」と感じ、それを発表していたのだ。
 栗田さんが研究者たちの伝える日本について綴った前編では、東日本大震災原発事故があってもなお「ショウガナイ 」で原発依存を受け入れたり、ウクライナ侵攻の偽情報でも疑うことを知らなかったりする日本人の姿に直面したウクライナ出身女性の研究をお伝えした。
後編では陰謀論や偽情報が飛び交う現状を扱う2人の研究内容を栗田さんの寄稿によりお伝えしていく。

小林よしのり」マンガの研究を
 「小林よしのり」マンガが、コロナ禍で偽情報や陰謀論拡散にどれほど威力を発揮したか――。黒いショートパンツでぴしっときめたリンダが、こんなことを研究しているなんて、日本のだれが想像できるだろう。
リンダによれば、小林のマンガは、劇的なヴィジュアルと激しい言葉遣いで、日本の大衆を「グローバリズムに侵されて主体性なく情報をうのみにする『コロナ脳』になっている」と厳しく批判する。一方で、「ファシズム全体主義を正当化したり、歴史修正主義的な主張をまくしたてたりと危ない」方向を指向する。相反する論旨を同時に感情的に浴びせかけるやり方は、「今、世界中で同時多発的に勢いを増している新右翼の『歴史修正と陰謀論のからくり』にそのまま重なる」のだとリンダはいう。
 日本のイメージは? と聞くと、「若いころはもっとずっとポジティブだったのは間違いない」と前置きしながら、「でも、私の生い立ちのせいか、若い頃から、政治や政党などには懐疑的だったし、日本人は二言目には『日本は特別』と言うけど、私は全然そうは思わなかった。日本で起こることは戦後の近代史というコンテクストでは、超国家的な現象として世界中で起こっていることの一環に見えるから……」と冷めた様子で話してくれた。
 リンダは旧東ドイツ出身。日本のポップカルチャーには惹かれたけれど、大学で日本研究を選んだのは、実は、ハードルが低かったからと本音も隠さない。
 「日本ではあまり知られていないかもしれないけれど」と断りながら、ベルリンの壁崩壊後の旧東独では、過激なネオナチ・ギャングが跋扈し、自分は暴力的に価値観を揺さぶられながら幼少期を過ごしたのだと説明してくれた。「国も、警察も、司法も、どんなに正義を振りかざしていても、ギャングたちを取り締まって市民を守ってなんてくれないってことを肝に銘じながら育ったの」と。
 選んだ日本の留学先が沖縄だったことも、日本の政治や政策を批判的に見ることに強く影響しているというリンダ。彼女には沖縄が本土決戦を防ぐための捨て石にされたことも、無理筋すぎる辺野古基地の問題も、ウチナーンチュの視点で見てしまうのだという。
 随分、クールで辛口に聞こえるが、そんな彼女も、日本に半生を注いだことを後悔してはいない。つぎ込んだ時間とエネルギー、多くの友人・知人や家族のように親しい人々との交流を通して、「日本」は、今では切っても切り離せない自分の中核をなしているという。

客員研究者として慶應大学
 ベルギー人のスティーヴィは、コンピュータ・サイエンスが専門で、「日本」は趣味のようなものだったという変わり種だ。ChatGPTの登場で急に身近になったAIとビッグデータ解析手法を日本研究の世界に初めて導入したことで、彼の研究は今、注目されている。
安倍元首相暗殺事件後に激増した統一教会関連のX(元ツイッター)を始めとするSNSでの投稿は、とてもマンパワーではさばききれない膨大な量だった。だが、最先端のテクノロジーを用いれば、意味的・量的両面から解析できるとスティーヴィは直感した。SNSを用いた陰謀論や偽情報拡散の実態をとらえ、国境を越えて猛烈に広がるデジタル・ポピュリズムの戦術を理解しようという試みだ。スティーヴィは9月から客員研究者として慶應大学に在籍する。
 「日本について? 最初のうちは、何も知らずにナイーブに大好きだった。他の若い子たちと同じように、アニメ、マンガ、ビデオゲーム、コスプレなんかがきっかけでね。大衆メディアやネットコミュニティに影響されて、日本にも他の国々と同様にあるいろんな問題を無意識のうちに見ないようにして、好きな日本だけを見てたと思う。
 僕の場合、大学での専攻は情報科学で、『日本』はおまけみたいなものだった。そして、理系の勉強をするうちに、むしろ、人文科学に興味が湧いていった。ハイテクを用いて人間や社会を理解すること、逆にそれが人間や社会にどんな影響を与えるかということにね」

「日本社会の劣化」は研究対象に最適
3人を始め、EAJSに集まった研究者の話をまとめてみると、どうやらターニングポイントは2010年代だったらしい。日本では、東日本大震災が起こり、安倍元首相を頂点とする「自民安定政権(自公も含め)」に入ったが、欧米でも大きな変化が起こっていた。 「Brexitが決まったり、トランプの大統領選なんかがあった2010年代の半ばまでに、欧米では偽情報拡散で世論を操作しようとする動きがすでに顕著にみられていたじゃない?」とスティーヴィに言われてはっとした。確かにそうだった。今思えば、私のFacebookアカウントは、ケンブリッジ・アナリティカによって「米民主党、英労働党支持者」とみなされていたらしく、トランプの偽ツイートだの、EU離脱派の怪しいデータなどがタイムラインに次から次へと投稿され、うっかりひっかかりそうになったものだった。
 「日本でここ十数年、加速度的に起こっている現象は、『日本固有のこと』ではなくて、俯瞰的に見れば、世界的に高まる右派ポピュリズムの一例」「だから、日本でこういう新右翼的な潮流が蔓延しはじめても、特に失望とか幻滅とかしなかった」という点で彼らは一致している。
 ヨーロッパでは、この間、凄まじい偽情報操作を当局が察知して、EUや各国政府が必死に乗り出し、取り締まる法律や仕組みを作り始めた。「もぐらたたき」の様相だが、それでもなんとかして市民を守ろうとの努力が積み重ねられてきている。「日本ではそういう動きがほとんどないから、どんどん増幅してしまう。それに日本語という言葉の壁もあって他国や他文化からの影響を受けにくい」それが、研究にはもってこいの「インヴィトロ(試験管内)状態」を提供しているらしい。
 彼らは日本を研究してはいるが、研究テーマが「日本」に限定されているわけではない。現在世界的にメタ現象として進行している「新右翼」や、それと「デジタルメディアの関係」、さらにいえば、AIなどのハイテクによる「デジタル・トランスフォーメーションと社会との相互ダイナミズム」がテーマなのだ。アメリカやヨーロッパの国よりも、日本のそれを分析した方が、より顕著に見えるということなのだと腑に落ちた。

自分の一部にもなってしまった日本、でも…
 日本留学を通してよい人たちと出逢ったし、ヨーロッパとは異なる文化や芸術や社会に浸って多くを学んだから、日本研究を選んだことに後悔はないし、これからも続けていくだろうという点で3人は口を揃える。そして、一介の研究者に過ぎないのだから、日本社会や政治を偉そうに糾弾する立場にはないと、とても慎重で低姿勢だ。 
 ただ、個人的には……言葉を濁しながら危機感を隠さなかった。
 「民主主義がほとんど機能しないほど劣化していたり、包摂的社会にしていこうとしている人たちが挫折してがっかりしていることも知っている」(スティーヴィ)
 「日本の若い人たちが、もっともっと多くクリティカル・シンキングメディア・リテラシーを持って、社会的議論に積極的に関わるようになればいいのに」(オレナ)
 日本の同世代にはあまりにもそれが欠如しているから、偽情報でも陰謀論で好きなように操作されてしまうのだという。
 「たとえば、ワーキング・プアの人々とか、女性の不平等とか、LGBTQ+の人々のアイデンティティのこととか、国の近未来をひどく憂慮している若者やシルバー世代がいることとか、民族的文化的に異なる背景を持つ少数派のこととか――困っていたり、あがいたりしている仲間たちを見て見ぬふりをする人々が少なくないことはとても残念に思う」(スティーヴィ) 
 確かに、日本では友人や知人は支え合うけれど、欧州にいると困窮する赤の他人のために、立ち上がり連帯する人が驚くほど多いことを、すごく頻繁に目の当たりにしてきたと私も思う。
 経済格差拡大、地政学的緊張の高まり、差別を助長するような政策、反知性主義の高まり、気候危機の否定や不作為などの傾向は、日本だけで起こっていることではないと彼らは見る。ただ、日本ではそれが誇張されていると言う。
 「地球が抱える今日的課題、つまり、気候危機、持続可能なエネルギーへの転換、自然資源の枯渇、性や国籍、人種などあらゆる側面での人権侵害といった課題に、日本の政府は、持続可能な形で解決しなくてはという認識も意欲のかけらもないように見える」(リンダ)
 「自民党政権自体がすでに諸外国で勃興するポピュリスト的主張や政策を実践しているから、典型的なポピュリスト政党の出る幕はないと分析する学者もいるけれど、だからといって、このまま放置していたら、得票目的だけの政策が歯止めなく繰り返されるだけ……」(リンダ)
 確かにドイツのための選択肢(AfD)やフランスの国民連合のような極右政党は、日本を「理想」として掲げているという話は巷では有名だ。

近未来の日本を憂いて
 ヨーロッパ人にマイクを向ければ、今も、期待通りの「日本っていいね」が返ってきて胸をなでおろす私たち……。かつては、オピニオンリーダーが新しい情報を発してから、それが社会全般に伝播するには、十数年はかかると言われてきた。おかげで、未だに、日本に対して嬉しい好イメージを抱いてくれている人が世界中にあふれ、超円安も手伝って、コロナ禍を越えて日本は行きたい国の筆頭にあがる。
 でも、今は、デジタル時代だ。情報はあっという間に広まる。若き日本研究者たちが、ここまで知り抜いて発信する日本社会の劣化ぶりは、瞬く間に地球社会に広まってしまう時代かもしれない。
 『宗教右派フェミニズム』著者の山口智美氏や、「ひろゆき論」で有名な伊藤昌亮氏、日本型排外主義研究でも知られる樋口直人氏らのセッションを真剣に聞き入っている欧州の若手研究者たち。その後ろ姿を眺めながら、近未来の日本社会を思い描く時、ふと背筋にひやりとするものを感じてしまったのは、私だけではない気がする。