110円の知性

110円(税込)の古本を読んで得た知性とはこんなもの(消費税変更に合わせて改題)。

ドイツ語とドイツ人気質(小塩節著)

 本書は1982年日本放送出版協会から刊行のもの、私は1988年初版の講談社学術文庫版で読む。

 ドイツ語を通してドイツ人の気質を表すという著作である、ドイツ語は英語とともにダメな私であるが、本書には興味深い内容がいくつかある。
 まず、言葉が実際にその表記と意味が一致しない(唯名論)ならば、言葉が、その民族の社会性を規定するという因果関係は崩れてしまう。
 しかし、本書を読むと、ドイツ人、ドイツ語を通してみた、ドイツ人の社会性が浮かび上がって来るように思える。
 それは、社会性が先なのか、言語が先なのかはよく分からないが、ある意味合い(社会性、国民性?)が浮上しているのだ。
 (それは、著者の眼というフィルターが通っているという見方も有るが)
 しかし、その表面性の中に、世代交代の兆候が見られる。
 すなわち、本書の表された時代・・・1970年代後半から80年代前半のドイツの、子供たちの態度が変わっていることに気づくのだ。
 本書で出てきた子供たちは、既に30年ほど経過して、現在は社会の中枢で働いている人たちなのだ。
 だから、現在は、本書の時代とは、大きく価値観などが異なる可能性もあるだろう(構造主義が、共時性としては強力な理論を持ちながらも、通時性(歴史性)では弱いと批判されたことを思い出す)。

 そして、そのドイツ人の気質として、法を守り、徹底的な批判精神を(当時)持っていたこと、そのことが端的に現れたのが、第二次大戦後の対応だ。
 1980年なら、日本では「もはや戦後は終わった」などと言っていたのではないか、または、戦後世代はまったくその国家的行為を無理やり忘却(抑圧)してしまい、逆に、今頃になって、既にトレースできない状況で、反省・批判しているのではないだろうか?
 しかし、ドイツではその当時でも忘れてはいないのだ。
 それが、本書には良く現れている。

 ものごとの正誤を決めることは難しい。
 しかし、日本とドイツの差は、それを、忘却したか、批判したかの差でもあるようだ。
 そんな、ある意味、両極端の国が、20世紀に台頭したということは興味深いことだ。