般若心経講義(高神覚昇著)
本書は角川文庫版で読む、奥付には昭和27年初版とある。
今更ながら、仏教に共感を覚える、ただし、世間の教団に参加するという意志はない。
現在の生活・・・高齢の両親を少しだけ支援しながら暮らしている、その暮らしぶりのうちに宗教的な心境に陥ったようだ。
ただし、他の宗教にはあまり興味は無い、キリスト教は対比するものとして必須であることは間違いないが・・・
本書を読んでいて、彼岸への道という理想とともに、現実的にはどうするのかという切実な問題が説かれていることに気づく。
そして、それは「現在」をどう生きるかという、至極当たり前の事に行きつく様に思う。
次の瞬間に私は死んでいるかもしれないのに、たわいもないことにうつつを抜かすその時間(暇)はあるのだろうか?
そういう点から考えると、究極的には(自身の)時間の流れを止めること・・・それは現実には不可能であろうが、そういうことの可能性を真面目に考える事(狂気の沙汰だが)が必要なのかもしれない。
今更ながら、仏教に共感を覚える、ただし、世間の教団に参加するという意志はない。
現在の生活・・・高齢の両親を少しだけ支援しながら暮らしている、その暮らしぶりのうちに宗教的な心境に陥ったようだ。
ただし、他の宗教にはあまり興味は無い、キリスト教は対比するものとして必須であることは間違いないが・・・
本書を読んでいて、彼岸への道という理想とともに、現実的にはどうするのかという切実な問題が説かれていることに気づく。
そして、それは「現在」をどう生きるかという、至極当たり前の事に行きつく様に思う。
次の瞬間に私は死んでいるかもしれないのに、たわいもないことにうつつを抜かすその時間(暇)はあるのだろうか?
そういう点から考えると、究極的には(自身の)時間の流れを止めること・・・それは現実には不可能であろうが、そういうことの可能性を真面目に考える事(狂気の沙汰だが)が必要なのかもしれない。