110円の知性

110円(税込)の古本を読んで得た知性とはこんなもの(消費税変更に合わせて改題)。

ボクには世界がこう見えていた(小林和彦著)

 本書は新潮文庫版で読む。

 統合失調症である著者が自らの体験を綴るという異色の本である。
 そういう精神医学関係の出版社から刊行されるのではなく新潮文庫の一冊として手に入るということが稀有な例なのではないかと思う。

 本書を読むと著者の知性や文才がそこここに伺える、しかし、それに感心しながら読み進むと、あるところから途端に脱線してくる、具体的には、自分のまわりで起きている様々な事象が悉く自分に関係している事件の様に感じてしまうようなのだ(この病は発症すると世界が崩落する感覚になるという話を聞くのだが、それに関する本書の描写は卓越している)。
 例えば、東西ドイツ統合という事件(ベルリンの壁の崩壊)も、自分の体調が良いから起きたのだというような、壮大な勘違い(本人は本気)をしてしまうのだ。
 それは、哲学で言う観念論「私がいなくなればこの世界はなくなる」という考えかたを徹底してしまうことによるものだ。
 (注)このとき確かに世界はなくなるのだが、それは、その観念を持っている「私」の世界がなくなるのであり「私」の観念の外にある(いわゆる一般的な)世界もなくなるかどうかは「私」にはわからないということ。

 ちなみに、この著者は1962年生まれで、私と同世代なので、弓月光「ボクの初体験」なんていうマンがに影響を受けたなんて事が出てくるところで「あれま」と思い、意外に私との共通項が多いことにも気づいたのだ。
 しかし、彼がそういう境涯になり、私が少なくとも発病していない大きな要因は、彼の知性が私より高かったことによるのだろう。
 だから、私の預かり知れない方法で、彼の知性をもって「ある境界線」を越えて行くことができるのだろう。
 そういう彼を、羨ましく思うのか、羨ましく思わないのか、私には簡単に決められないのだ。