十牛図(上田閑照・柳田聖山著)
本書は筑摩書房1982年刊行のもの、現在はちくま学芸文庫版で読める。
本年は丑年なので、もう少し早く紹介したかったが、意外と読むのに手間取った。
そして、今年の年賀状は、この十牛図の「騎牛帰家」の図であった。
この図(騎牛帰家)は、自分を見つけて、それと和解し、再び、自分に戻ってきたところという意味であろうか。
その後は、その自分なるものが「無」化して、何も無くなり(人牛倶忘)、しかして、そこから再び自然(返本還元)や社会と交わる(入鄽垂手)という段階があるということらしい。
一度、無に至って、いかにして戻ってくるのか?
などと、揚げ足を取れぬことも無いが、確かに、自然なるものに属していながら、それを抑圧している自分を、もう一度見つめなおすと言う事は必要かもしれない。
実は、この直前に上げた著作「ヘラクレイトスの火」の内容と、意外にも共通しているところがあるように思えた。
本年は丑年なので、もう少し早く紹介したかったが、意外と読むのに手間取った。
そして、今年の年賀状は、この十牛図の「騎牛帰家」の図であった。
この図(騎牛帰家)は、自分を見つけて、それと和解し、再び、自分に戻ってきたところという意味であろうか。
その後は、その自分なるものが「無」化して、何も無くなり(人牛倶忘)、しかして、そこから再び自然(返本還元)や社会と交わる(入鄽垂手)という段階があるということらしい。
一度、無に至って、いかにして戻ってくるのか?
などと、揚げ足を取れぬことも無いが、確かに、自然なるものに属していながら、それを抑圧している自分を、もう一度見つめなおすと言う事は必要かもしれない。
実は、この直前に上げた著作「ヘラクレイトスの火」の内容と、意外にも共通しているところがあるように思えた。