若き哲学徒の手記(弘津正二著)
本書は昭和17年(1942)に出版されたもの、現在は、講談社学術文庫版で読める(探さないといけなかもしれない)。
本書は、京大哲学科の在籍の著者が、不慮の事故で亡くなるまでに書いていた日記の中から、抜粋したものを出版したもの。
当時としては、話題性もあったからか、かなり読まれたようだ。
解説にもあるように、講談社学術文庫には、基本的に学術書が編入されるのが筋だが、本書では、その途上にある、学生の日記を出版したのだ、これは、異例の事であると言える。
しかし、読んでみるとわかるが、当時21歳の著者の、深い思惟に、既に、その倍以上も年齢を重ねた、私は感心した。
そういえば「被差別部落一千年史」を著した、高橋貞樹も若くして、相当な著作を書いた。
彼らをその様に駆り立てる力はどこにあるのだろうか?
さて、本書は、哲学と言うもの、その思惟というものを知るための、とても良い入門書であると思う。
たくさんの先人の学説を取り上げるわけではなく、あくまで自分の考え・哲学を追求していく姿は、とても参考になる。
本書は、第二次世界大戦前の、特殊な状況において、特異的に発生したものなのかもしれない。
そう考えると、現在のような(当時と比べて)平和な状況では、生まれえないものだと思う。
それならば、平和であることは、かならずしも良い面ばかりがあるとは言えないのかもしれない。
適当な緊張を、自分自身で維持すること、それは大変難しいことだと思う。
本書は、京大哲学科の在籍の著者が、不慮の事故で亡くなるまでに書いていた日記の中から、抜粋したものを出版したもの。
当時としては、話題性もあったからか、かなり読まれたようだ。
解説にもあるように、講談社学術文庫には、基本的に学術書が編入されるのが筋だが、本書では、その途上にある、学生の日記を出版したのだ、これは、異例の事であると言える。
しかし、読んでみるとわかるが、当時21歳の著者の、深い思惟に、既に、その倍以上も年齢を重ねた、私は感心した。
そういえば「被差別部落一千年史」を著した、高橋貞樹も若くして、相当な著作を書いた。
彼らをその様に駆り立てる力はどこにあるのだろうか?
さて、本書は、哲学と言うもの、その思惟というものを知るための、とても良い入門書であると思う。
たくさんの先人の学説を取り上げるわけではなく、あくまで自分の考え・哲学を追求していく姿は、とても参考になる。
本書は、第二次世界大戦前の、特殊な状況において、特異的に発生したものなのかもしれない。
そう考えると、現在のような(当時と比べて)平和な状況では、生まれえないものだと思う。
それならば、平和であることは、かならずしも良い面ばかりがあるとは言えないのかもしれない。
適当な緊張を、自分自身で維持すること、それは大変難しいことだと思う。