神の慰めの書(M・エックハルト著)
本書は講談社学術文庫版で読む。
親鸞が没した年にエックハルトは誕生したということだ、これは、単なる偶然なのだが、本書を読んでいて、先日読んでいた歎異抄・・・親鸞との共通点を思わず探っていた。
両者ともに神、もしくは阿弥陀仏の力(はからい)に絶対的に従う姿勢「他力」の姿勢が見られる。
そして、本書にも窺えるところだが、神は無にしてすべてのものを創られたのだから、すべてのものに神が宿るという思想・・・汎神論の考え方が見え隠れする(そもそも、日本的な思想には根本に汎神論がある)。
そして、そのために、碩学、エックハルトは異端として糾弾されてしまう。
本書を一読しただけなので、表面的にしか追いかけられないのだが、少し前の日本の思想傾向に類似していたのではないかと思うのだ。
ただし、やはり宗教的な面としての知識、例えば宗教用語の意味を知らないと感動の領域にまでは行きにくいと思うのだ。
親鸞が没した年にエックハルトは誕生したということだ、これは、単なる偶然なのだが、本書を読んでいて、先日読んでいた歎異抄・・・親鸞との共通点を思わず探っていた。
両者ともに神、もしくは阿弥陀仏の力(はからい)に絶対的に従う姿勢「他力」の姿勢が見られる。
そして、本書にも窺えるところだが、神は無にしてすべてのものを創られたのだから、すべてのものに神が宿るという思想・・・汎神論の考え方が見え隠れする(そもそも、日本的な思想には根本に汎神論がある)。
そして、そのために、碩学、エックハルトは異端として糾弾されてしまう。
本書を一読しただけなので、表面的にしか追いかけられないのだが、少し前の日本の思想傾向に類似していたのではないかと思うのだ。
ただし、やはり宗教的な面としての知識、例えば宗教用語の意味を知らないと感動の領域にまでは行きにくいと思うのだ。