社会の喪失(市村弘正・杉田敦著)
本書は中公新書版(2005年)。
市村氏の著作を題材として提示し、それについて杉田氏と対談するという構成の本。
市村氏の個性が読み取れて興味深い一冊だ。
取り上げたテーマは「戦争・歴史・解放・自由・世界・言語・社会」であり、うかうかすると、観念的、普遍的な思考に傾いてしまう題目を、市村氏は、あくまで個(人)の視点から見つめるという、とても難儀なことをする人である。
私ならば、精神がついていかないで、独善的な領域に落ち込むか、客観的とか、学術的とか言って、その事柄から、一目も二目も置いて、遠見の見物をしてしまうと思うのだ。
そういう、ある意味利口な立場にいることに疑問を持つ、市村氏は、その事柄に肉薄していこうとする。
しかし、限界はあるよね。
そういう矛盾を抱えていることも語ってしまうというその姿勢が好きだなぁ。
身の回りにある、何となく怪しいもの、それを見て見ぬふりをしている自分に気づけば、違う風景が見えるようになるのではないだろうか。
私にとってのそれは、まったく世の中の役にたたないことながら、ふと空を見上げようと思うと視界を遮る電線の(醜悪な)群れだ。
ふと気づくと、その嫌な線が視界から消えていることに気づくのだ。
そういう適応が問題のはじまりなのだ。
市村氏の著作を題材として提示し、それについて杉田氏と対談するという構成の本。
市村氏の個性が読み取れて興味深い一冊だ。
取り上げたテーマは「戦争・歴史・解放・自由・世界・言語・社会」であり、うかうかすると、観念的、普遍的な思考に傾いてしまう題目を、市村氏は、あくまで個(人)の視点から見つめるという、とても難儀なことをする人である。
私ならば、精神がついていかないで、独善的な領域に落ち込むか、客観的とか、学術的とか言って、その事柄から、一目も二目も置いて、遠見の見物をしてしまうと思うのだ。
そういう、ある意味利口な立場にいることに疑問を持つ、市村氏は、その事柄に肉薄していこうとする。
しかし、限界はあるよね。
そういう矛盾を抱えていることも語ってしまうというその姿勢が好きだなぁ。
身の回りにある、何となく怪しいもの、それを見て見ぬふりをしている自分に気づけば、違う風景が見えるようになるのではないだろうか。
私にとってのそれは、まったく世の中の役にたたないことながら、ふと空を見上げようと思うと視界を遮る電線の(醜悪な)群れだ。
ふと気づくと、その嫌な線が視界から消えていることに気づくのだ。
そういう適応が問題のはじまりなのだ。