110円の知性

110円(税込)の古本を読んで得た知性とはこんなもの(消費税変更に合わせて改題)。

森永卓郎と読書週間

<活字文化の日森永卓郎さん、40年で理解 許容できない格差や災害…人を守るビジョン、求められる
10/31(土) 10:49配信 埼玉新聞
 10月27日~11月9日は「読書週間」。初日にあたる10月27日は「文字活字文化の日」に制定されています。埼玉新聞では同日付で、「私の名著~心に残る一冊&フレーズ~」と題した特集を掲載しました。
 地元埼玉にゆかりのある著名人の方々が、本との出会いや読書の素晴らしさを伝えています。本記事は同特集からの抜粋です。

■経済アナリスト・森永卓郎さん、私の名著
 私が大学生だった40年前、マルクス経済学は経済学部の必修科目だった。そのため、「資本論」を読んだのだが、あまりに難解で、何度も読み返したにもかかわらず、まったく理解できなかった。その挫折が悔しくて、社会に出てからも、何とか「資本論」を理解しようと努力を続けてきた。そして、40年経った今頃になって、ようやく「資本論」が何を言っているのかを、理解できるようになった。
 その理由は、三つある。一つは、私自身が社会に出て、資本主義の洗礼を受けたことだ。学生時代は温室にいて、カネの亡者たちとの接触が一切なかった。社会に出て初めて、お金中毒の人たちに多く出会った。お金は1億円あったら一生遊んで暮らせる。100億円あったら、孫の代まで遊んで暮らせる。ところが、数百億円の資産を持ちながら、なおそれを増やしつづけようとする富裕層がほとんどだ。マルクスは、「資本主義は増殖し続ける価値だ」と言った。成長し続けないと資本主義は成り立たないのだ。
 二つ目の理由は、現実社会が、マルクスの直面していた社会に急速に近づいてきたことだ。いま世界の大富豪26人が所有する資産は153兆円で、その額は世界の貧困層38億人が所有する資産と同額だ。おそらく今のほうが、マルクスがみていた格差社会より、ずっと過酷な状態になっている。
 そして、三つ目の最も重要な理由は、『資本論』の優れた解説本が、立て続けに発表されたことだ。私は、マルクス経済学の時代は終わってしまったと考えていたのだが、地道に研究を重ねる学者が、何人も存在していたのだ。そして、その論説が注目を集めている、許容できないほど拡大した所得格差と激甚災害をもたらす地球環境破壊から、人と地球をいかに守るかについてのビジョンが求められているからだ。残念ながらそのビジョンは、いま、文字の世界のなかでしか、みることができないのだ。

■私のおすすめBEST3
(1)「人新世の資本論」 斎藤幸平 著
(2)「武器としての資本論」 白井聡 著
(3)「純粋機械化経済」 井上智弘 著

森永卓郎(もりなが・たくろう)
 昭和32年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。専門は労働経済学、計量経済学。金融や恋愛、オタク系グッズなど、多方面で論評を展開している。日本人のラテン化が年来の主張。

 資本論はいつか読みたい本だ、私の大学もマル経だったが、父親からは就職に影響するから・・・などとくぎを刺された記憶がある(結果的に就職にはあまり関係なかったけれども・・・)。

でも、この20年ほど多少真面目に読書するようになってから、古典と言われるものは読んでおいた方が良いと思うようになった、抄訳だが「国富論」を読んだこともある。

古典を読むと今は結論が出ているので、頭ごなしに、ダメ出しできてしまうものも多い、便利な検索機能など使おうものなら「現在では価値がない」などという評価を見て、即断で「読まない」という場合も多かろう。

しかし、古典は労作が多い、何年、何十年とかけて綴って、校正しつづけた本は読んでみる価値がある・・・と思うし、私は、古い本を読んで発見することもある。

さて、話は変わるのだが、この記事に秀逸なコメントがあった以下の通りだ。

森永氏は「資本主義」の一括りで批判しているようだが、実際には社会保険生活保護などの国による社会福祉の仕組みがある。これは、共産主義の仕組みにもある富の再分配であり、今の社会だって資本主事と共産主義の両方の要素を取り入れている。このバランスを調整するのが政治であり、政治を選ぶのは主権者で国民であることには変わりはない。

その通り素敵なコメントなのだ。

しかし、私はヤフコメは怖いところだと思っているので、返答はしなかったのだが、こういうことを思った。

 「政治を選ぶのは主権者である国民である」いわゆる民主主義なのだが、例えば、我が国でも選挙により国会議員を選出して政治を行っている、さて、そこまでは良いのだが、現状の日本国の状況はどうであろうか?

 私は、今の日本国は上手くいってないと思うので、政治が悪いという判断になるのだが、それは、国民の選択が悪かったのだろうか・・・と、この方に意見を聞きたかった。

 

 たぶん、森永氏の意見は、別に、資本主義、共産主義という枠での批判ではなく、資本論の中にも良いところ(着眼点)があるよね、という穏やかな見解だと思う。

 その後の世界の反応が、あの当時どれだけ画期的だったかということなんだろうね?

 

 ちなみに、地球上の人類は必ず絶滅するという説があるよね、太陽活動の終盤になる数十億年後には、太陽が肥大して地球を飲み込んでしまう、だから、地球上に人類は住めないという話。

 それよりも、もう少し近未来だろうが、資源が枯渇しつくした地球上で、他の星への移住もできずに、できる限り多くの人間が暮らすには、共産主義しか道はないと思っているのだけれども、それは、私が死んだ後の話だしね・・・