110円の知性

110円(税込)の古本を読んで得た知性とはこんなもの(消費税変更に合わせて改題)。

時間と存在(大森荘蔵著)

 本書は青土社刊行のもの。

 「時間と自我」という大森氏の著作は、良く古本屋でお目にかかるのだが、本書はなかなか発見するのに苦労した。
 さて、本書でも哲学や自然科学の根本的な見方について批判している。
 それは、ゼノンのパラドックスに関わる「点時刻」の疑問、そして「存在」自体の(哲学的)考え方への疑問、そして「意識」の生理学的なアプローチへの疑問。

 これは、あくまで私見だが、著者は、あまりに難しく考えることではなく、既にそこで我々が、「時間、存在、意識」などを捕らえているのだから、それを難しく捻るのではなく、ありのまま捕らえれば良いのではないか?・・・と言っているように思う。
 
 哲学者には自明のことかもしれないが、私たちの社会は非常に抽象的(イデア的)なことに気づく。
 例えば、設計図では、一本の直線はどこまでも曲がらずに永遠の彼方に達するが、それを再現する現場では並大抵の苦労ではその要求を満たせない。
 一台の自動車のエンジンも、図面上はその仕様を満たすが、実際にその形状が誤差を含まずに作成されるかは、今度は実際の製造技術に依存する。
 
 私たちは、既に体験的に分かっているように、このような、理論と現実の差の中で生きている。
 このように考えると「具体的」という言葉の意味は、より「抽象的」に示すという意味であることに気づくのだ。
 例えば、「具体的な金額で示す」は、より抽象概念の「数字」で抽象的な「法則」を元に表わす事になる(だから外れる・・・とも言えそう)。

 世の中の方向が現実のものから遊離する傾向は、こういう思考(志向)の中に隠れているのかもしれない。