110円の知性

110円(税込)の古本を読んで得た知性とはこんなもの(消費税変更に合わせて改題)。

無想庵物語(山本夏彦著)

 本書は平成元年文藝春秋社刊行のもの、私は平成5年初版の文春文庫版で読む。

 山本夏彦の数々の著作のうち、一番良いものと聞かれたら、私は本書をお勧めする。
 本書は「竹林無想庵」の生涯を綴るもの、すなわち伝記なのだが、他では出来ない数々の特徴がある。

 まず、竹林無想庵という人が取りあげられることは、多分稀有のことであろう。
 普通の作品ならば、そこからは何の意味も見えてこない可能性が強い。
 しかし、著者は、短期間だが無想庵とともにパリで生活をともにしている。
 そして、その娘とも関係がある。
 著者の父親が、無想庵と親友である。
 などなど、とても特殊な事情から、本作を特別な作品として描かれている。

 著者の文書は、一度読むと判るが、独特なもので、多様な意味を凝縮して一文とするのだ。
 しかも、冷静に書く(ただし、脱線も多い)。
 例えば・・・本人(山本夏彦)が、その母親に「外道」と呼ばれたこと、パリ時代に一度自殺しかけて助けられたこと、そして、まれに見る博覧強記、すなわち天才であった無想庵が、その才能を生かせずにい生涯を終えたこと・・・などを。

 本書は、著者、無想庵、竹林文子等々の、多数の「人間」を描くのだが、それを読む人の見方で、喜劇にも、悲劇にも見えてくるのだ。

 ひとつだけ救いだと思ったのは、これだけ自分の才能を生かせなかった無想庵も、その後、その足跡を残そうとしてくれた人がいてくれたことだ、作品は残せなかったようだが、人徳はあったのだろう。
 
 さて、これは余談だが、もし本書を読もうと思って悩んだら、最後にある「この物語のさくいん」をざっと立ち読みして興味が沸いてくれば手にすれば良いと思う。
 それが何故かは、見てのお楽しみ。