なんでもないところで転ぶ
今日は、訪問リハビリの日で、ベルが鳴ったので玄関の扉を開けようと、2階から階段を降りてきて、施錠を外そうとしたときに、玄関の入り口の段差のところを踏み外して転んだ。
そういう転び方は、この家で過ごして数十年経つが、一度も記憶にない。
やはり、歳を取ったのだろう、先だって、還暦を迎えたしね。
少しづつ、体の捌きや、注意力が衰えているのだろう。
幸いにも、あちこち痛いし、多少の擦り傷はありそうだが、骨を折ったという自覚はない。
これが、あと何年かすると、骨折したりするようになるのだろうか?
そして、転んだときにふと思ったのは、こういうときは介助して欲しいなということだった。
残念ながら、私は、介助(介護)する方で、介助される側ではないと、思い知ったのもこのときだった。
寂しいね。
そういう意味では、普通に生活できているときには、何も感じないし、問題も生じないのだが、ふと、自分の思うように行かないことが起きると、自分自身が、自分の重荷になるということを思い知ることになる。
まぁ、少数の人しか見ないブログなので、教訓的なことを書けば、今回のコロナ禍でも、普段であれば、なんの問題もなくできたことが、できなくなったということだね。
普段から、そういうことに、備えていた人には、それほどの感慨もなかろうが、そうでない人にとっては、大変なことになったわけだね。
それは、つきつめていくと、繰り返しになるのだが、普段の備えをしていたのか、否か、ということではないのだろうか?
そう、その典型は、ご覧のように、国がもはや備えられなくなってきているということなんだろうね。
(だから、国民が頑張らないといけないというのが持論だが、国民は政府の批判ばかりで、一部の人は自粛などしないと決めているようだが、国は、それほど強くはないと思う)
例えば、昨日のTVを見ていても、国内の製造業は、中国やらアメリカやらの受注が好調で、この時期でも景気回復しているとの報告があった。
すなわち、20世紀の製造業中心の戦後日本ならば、今ほど悲惨な状況にならなかった・・・とも予測できるよね。
それは、確かに時代の変遷ではあるのだが、日本はそういう立場を放棄した。
今は死語だが、製造業は「3K」だとして忌避した時もあったのだ。
サービス業(第3次産業)には、一見華やかな業種もあるのだが、よく考えると、必ずしも日常生活に必要でないものも多い。
だから、そういうもの、ある意味贅肉でGDPをデコレーションしているわけで、その現在の日本にとっては、今回のコロナ禍が、大変厳しい状況を示すことなったようだね。