110円の知性

110円(税込)の古本を読んで得た知性とはこんなもの(消費税変更に合わせて改題)。

目白坂(目白通りをちょっと外れる)

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 目白通り目白駅から江戸川橋方面へ向かうと「椿山荘」にでます。
 その脇を「目白通り」と分かれるように右手に入ると急な坂に出会います。
 これが「目白坂」です。
 都内の風景は随分変わった事と思いますが、江戸時代など「歴史」は残っているのです。
 三代将軍家光は、江戸五街道守護の目的で「五色不動(青・黄・赤・白・黒)」を制定しました。
 この中に出てくる「目白不動尊」は、この中の一つという事になります。
 目青不動尊(東京都世田谷区太子堂4-15-1)
 目黄不動尊(東京都江戸川区平井1-25-32)
 目赤不動尊(東京都文京区本駒込1-20-20)
 目白不動尊(東京都豊島区高田2-12-39)
 目黒不動尊(東京都目黒区下目黒3-20-26)
 という風にあります。
 今も、その名残が地名になっているところもあるという事だと思います。
 「五色不動尊」単独で回るも良いですし「関東三十六不動霊場」のコースに含まれていますので、こちらで(歩いて)回られるのも良いのではないかと思います(でも、千葉県の千倉町があるので意外と大変)。

「目白坂
 西方清戸(清瀬市内)から練馬経由で江戸川橋北詰(きたづめ)にぬける道筋を「清戸道」といった。主として農作物を運ぶ清戸道は目白台地の背を通り、このあたりから音羽谷の底地へ急傾斜で下るようになる。
 この坂の南面に、元和4年(1618)大和長谷寺の能化秀算僧正再興による新長谷寺があり本尊を目白不動尊と称した。
 そもそも三代将軍家光が特に「目白」の号を授けたことに由来するとある、坂名はこれによって名付けられた、『御府内備考』には「目白不動の脇なれば名とす」とある。
かつては江戸時代「時の鐘」の寺として寛永寺の鐘とともに庶民に親しまれた寺も明治とともに衰微し、不動尊は豊島区金乗院にまつられている。
 目白台の空を真北に渡る雁
   稀に見る雁の四 五十羽かも  窪田空穂(1877-1967)
 郷土愛をはぐくむ 文化財
 東京都文京区教育委員会 昭和63年3月」