チベット旅行記(河口慧海著)
いわゆる紀行文ではないかと思って読みはじめたら、大間違いだった。
仏教の原点を求めて、当時「鎖国」であったチベットに単身で潜入するという、大事業の経緯が書かれている。
やはり、圧巻は、インドからネパールを経由して「ヒマラヤ越え」をしてチベットにたどり着く部分で、どう見ても、仏様のご加護(大きな幸運)がなければ達成できなかったと思う。(そして、達成できないという事はほぼ「死」を意味する)
その後も、チベット人として修行を続けるが、後から回想して書かれているので、淡々としているが、そういう状況にあれば、とても普通の精神では生活できないような緊張があったであろう。
そういう、凄まじい人がいたのだという事と、最後まで、宗教家としての立場を貫く姿勢には、感動を覚えるものがある。
そういう事に対して「何の意味があるのか」と理性で反応する人もいるかもしれないが・・・?
本書には、著者の「宗教観」(私的には「哲学」に近いものがあると思う)があまり出ていないが、そういうものに関する著作があれば、一度読んでみたいものだ。
仏教の原点を求めて、当時「鎖国」であったチベットに単身で潜入するという、大事業の経緯が書かれている。
やはり、圧巻は、インドからネパールを経由して「ヒマラヤ越え」をしてチベットにたどり着く部分で、どう見ても、仏様のご加護(大きな幸運)がなければ達成できなかったと思う。(そして、達成できないという事はほぼ「死」を意味する)
その後も、チベット人として修行を続けるが、後から回想して書かれているので、淡々としているが、そういう状況にあれば、とても普通の精神では生活できないような緊張があったであろう。
そういう、凄まじい人がいたのだという事と、最後まで、宗教家としての立場を貫く姿勢には、感動を覚えるものがある。
そういう事に対して「何の意味があるのか」と理性で反応する人もいるかもしれないが・・・?
本書には、著者の「宗教観」(私的には「哲学」に近いものがあると思う)があまり出ていないが、そういうものに関する著作があれば、一度読んでみたいものだ。