110円の知性

110円(税込)の古本を読んで得た知性とはこんなもの(消費税変更に合わせて改題)。

比較文化論の試み(山本七平著)

 山本七平氏の著作は、いつも鋭い視点を持っている。
 本書は、1976年の出版で、30年以上前の書籍だ、ご多分にもれず「古本」で購入して読む。
 読むと、現代に通じる問題点が指摘されている。
 本書の「はじめに」では、「この問題抱えたまま戦後30年経ったが、まだ転換するに遅すぎる事はない」という趣旨が記してあるが、遂に戦後60年経ってしまった。
 どうなることだろう?

 内容的には、日本というのが、文化的に致命的な侵略を受けたことがないので「自然法」のもとに生成されている。
 そのために、海外との交流に対して、いわゆる「ロゴス(言葉)」で意思疎通する事がへたくそだという事、それは、国民の意識にも表れて、例えば、何故「今度の都知事選に××」を選んだ理由をとことん突き詰めていくと説明できない・・・(説明したくないので投票しないという現象もあるかもしれないが)
という事を書いてある。
 「嫌な事は嫌」みたいな「逆ギレ」という現象は、正にそういう事を射しているのかな?
 
 実は、私については、「確かにそうだなぁ」と思う、どちらかと言うと「自然法」なるものに曳かれてしまう。
 さて、どうすれば良いのだろう?

 こういうフレーズが気になる方は、小編ですので探して読んで見ればいかがかと・・・?
 たとえば、人間というものを善悪という対立概念でとらえる。人間は一人なんですけど、その”一”を善悪という対立概念でとらえる。国会は一つなんだけれども、それを与野党という対立概念でとらえる。で、対立概念でとらえうる間はそれが対象を確実にとらえており、したがってその対象は実在しているわけですが、とらえられなかったらそれはもう形骸化してなくなっている、という考え方です。
 いわば、与野党という形でとらえられなくなったら、国会は実質的に存在しなくなっているという考え方です。
 山本七平氏の、眼力が(今回は)外れて欲しいと思います。