110円の知性

110円(税込)の古本を読んで得た知性とはこんなもの(消費税変更に合わせて改題)。

自動車が走った(中岡哲郎著)

 本書は朝日新聞社刊行、朝日選書のうちの一冊。

 この著者は「工場の哲学」という本を読んだことで覚えている。
 工場にも哲学があるのかという事とともに、工場という言葉が持つ人間の疎外感などについての分析になると「少し左よりの人かな?」という思い込みがあったのだ。
 まぁ、マルクスの思想がそのまま社会主義共産主義国家だということでないことは、最近理解し始めているし、マルクスの思想も現代でも廃れていない代表的な思想のひとつである、ただし、何事も極端になると問題点が浮かび上がることがある。

 ところが、本書はそのような私の思い込みを払拭してくれた。
 ここで描かれるのは、何故、日本に自動車産業が発達したのか・・・という、経済学の領域の考察である。
 本書の題名の「自動車が走った」は、現代の私たちには当たり前のように思えるだろう、自動車は走るものなのだ・・・と。
 しかし、本書を読むとわかるが、自動車はそう簡単には走らないのだ。

 一つの問題点は、道路や燃料、そして保守といった、基盤がないと自動車を作っても実用にならないということ、丁度、現在の震災被害地へ物資の供給や災害対策が思うように行かない原因を考えていただければわかりやすかろう。

 そして、もう一つの問題点は、自動車産業は、単独で成立しないということ、現在では随分と状況が変化しているが、日本の自動車産業が強い一つの要因は、完成車両を作る最終メーカーを支える、良質な部品メーカーが存在することにある、すなわち、その産業を支えるだけの基盤事業者が必要だということ。
 大きく、この2点が強調されていた。
 
 そして、それに伴う、様々な歴史的な事件が現在の自動車産業を生み出していることに気づくのだ。
 たとえば、もし戦争が無ければ、わが国は外国製自動車のノックダウン生産が殆どになっていたかもしれないのだ。

 本書の中にはこのような記述がある、例えば、東京でもどこでも、大都市で非常に発達した電車による交通網が確立されている、自動車で移動する必然性が無いほどだ・・・しかし、日本では自動車産業が世界的に発達した、それは何故なのか?

 日本に来た外国人の発した疑問だそうだ、確かに、そこに存在していると余り深く考えずに、肯定してしまうのだが、不思議な現象だ。
 そんな事が気になる人には面白く読める本だろう。
 
 さて、本著者への興味としては、著者がライフワークだと言う「日本近代技術の形成」という著作が完成したかどうかだ。
 もし完成しているならば、産業の発展に関する技術の関与が、1社ではなく複数企業間(複数地域)にわたっての考察になっているはずだ。
 それは、実はとても大変なことなのだと、クルーグマン教授も言ってくれるはず(あくまで私の思い込みだが・・・)。