東郷平八郎(下村寅太郎著)
本書は講談社学術文庫版で読む。
戦後ほとんど省みられなくなった人に、この東郷平八郎がいるのではないか?
それは、当人の諮るところではなく、第二次大戦に関わり時勢が彼を神格化した事、そのことに対する敗戦後の反動であるとも言えるだろう。
しかし、その武官としての先入観を除いてみると、彼が、格上と目されたロシアに勝てたのか、また、すべての軍艦が海外製であるというような(海軍の)体制の弱さをどのように克服できたのか、という素朴な疑問も浮かび上がる。
そこには、奇しくも、秋山真之のような人材がいたこともあるだろうが、それよりも、もっと深い何かがあるのではないかと勘ぐることもできよう。
いわく、そんなに簡単に個々人の能力で、戦争は勝てるものだろうか?
そういう視点から考えると、寡黙なこの東郷平八郎という人の人間の奥行きが見えてくる様にも思う。
明らかに不利な立場を元に、いかにして、有利な状況に持っていくのか、本書では、そのために、長い時間が必要であったと記している。
一つの画期は、その門外漢から見ると、突然沸いて出てきた事象・事件であるように見えてしまう、しかし、その裏には、様々な微視的な事象が累積されていたのだ。
その積上げたものを、忠実に目的の実現に向けて、振り当てること、そういう能力がある要にいた人なのであろう。
しかし、何ゆえこれだけの忍従の上で整備、勝利に結び付けてきたものを、その後の戦争では、短絡的な精神論にまで転化(退化)してしまったのだろうか?
そこに、慢心という言葉が思い浮かぶのだが、それも、それほど簡単な意味ではくくれないことなのだろう。